学習から学問へ。未知の森を切り拓く「責任」と「敬意」


第1回では「学習とダイエットの共通点」について、第2回では「〇・△・×による戦略的スコアアップ」についてお話ししてきました。これらを実践すれば、テストの点数は面白いように上がっていきます。30点だった景色が、80点の景色へと変わる。それは非常にエキサイティングな体験です。

しかし、最終回となる今回は、その「点数の先」にある話をさせてください。 私たちが日々向き合っている「学習」とは、一体何のためにあるのか。その答えを私は、「深い森を探索すること」に例えて考えています。


学習とは、未知の森を広げる「開拓」である

想像してみてください。あなたは今、深い霧に包まれた広大な森の入り口に立っています。 自分の周囲数メートルだけは霧が晴れ、地面が見えています。そこがあなたの「知っている範囲(既知の国)」です。そこから一歩外へ出れば、そこは正体不明の「未知の森」です。

現実の深い森であれば、無計画に踏み込めば遭難し、命を落とす危険があります。だからこそ、探索者は非常に慎重になります。「ここまでは安全だ」「ここから先はまだ危ない」と、境界線を一歩ずつ確かめながら、慎重に、慎重に「自分の領土」を広げていかなければなりません。

幸いなことに、現代の学習において、間違えたからといって死ぬことはありません。 しかし、精神的な「遭難」は頻繁に起こります。自分の実力を無視して、いきなり深い霧(×問題)の中へ突き進み、道を見失い、「自分はもうダメだ」と自信を喪失してしまう。これは学習における「遭難」です。

私たちがやるべきことは、自分サイド(既知の国)の面積を、じわじわと、着実に広げていくことです。昨日の自分よりも1メートルだけ、霧の中に道を作る。この地道な「切り拓き」の作業こそが、学習の正体なのです。


「知らないこと」を知る、深遠な事実への到達

少しずつ森を切り拓き、自分の領土が広がっていくと、ある不思議な現象が起こります。 「知っていること」が増えれば増えるほど、実は「自分がいかに何も知らないか」という事実に気づかされるのです。

領土が広くなればなるほど、未知の森と接する「境界線」もまた、長く、大きくなっていくからです。

「自分は世の中のことを、宇宙のことを、ほとんど何も知らないのだ」

この事実に気づいたとき、人は震えるような感覚を覚えます。これを古代ギリシャの哲学者ソクラテスは「無知の知」と呼びました。 しかし、この事実は絶望ではありません。むしろ、ここからが本当の「学び」の始まりなのです。


「学習」から「学問」へのスタートライン

自分の領土を広げ、世界の広大さを知ったとき、私たちの心には二つの大切な感情が芽生えます。

一つは、「責任感」です。 せめて自分が切り拓いたこの数メートルの範囲のことだけは、誰よりも正確に、誠実に把握しておこう。自分が「わかる」と決めた場所については、責任を持って管理しよう。そんな、知に対する誠実なプライドです。

もう一つは、「他者への敬意」です。 この森はあまりにも広く、自分一人では一生かかっても全てを切り拓くことはできません。ふと横を見れば、別の場所で、自分とは違う種類の木を切り倒し、別の道を拓いている仲間がいます。 「自分には数学の道は拓けないけれど、あいつはあんなに遠くまで進んでいる。すごいな」 「自分は歴史の道を深めているけれど、あの方は芸術の森を照らしている」

自分の限界を知るからこそ、自分とは異なる長所を持つ仲間に対し、心からの敬意を払うことができる。これは、単なる「点数競争」の中にいては見えてこない景色です。

自分の知っている範囲をしっかり守る「責任感」と、他者が持つ才能への「敬意」。 この二つが揃ったとき、「与えられたものをこなす学習」は終わりを告げ、自ら問いを立て、真理を追い求める「学問」のスタートラインに立ったことになります。


結び:あなたは今日、どの木を切り倒すか?

学力を上げるのは簡単です。 「問題を解き、直しをちゃんとすること」。 このダイエットのようにシンプルな反復が、あなたを深い森の探索者へと変えてくれます。

30点だったあなたが、△問題を埋めて80点を取ったとき。 あなたはただ点数を得ただけでなく、それまで霧に包まれていた50点分の「未知の領域」を「自分の領土」に変えたのです。それは、あなたの世界がそれだけ広がったという証です。

勉強とは、誰かに勝つための道具ではありません。 あなたが、この広大な宇宙の中で、自分の足で立ち、自分の目で見通せる範囲を広げていくための、最もエキサイティングな冒険なのです。

さあ、今日はどの木を切り倒し、一歩、道を作りましょうか。 あなたの目の前には、まだ誰も通っていない、あなただけの道が続いています。


【今回のまとめ】

  • 学習は「既知の国」を少しずつ広げる森の探索。
  • 学びが進むほど、自分の「無知」という深遠な事実に気づく。
  • 自分の領域への「責任」と、他者への「敬意」が芽生えたとき、それは「学問」になる。

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