21世紀を生き抜く「国際教養」の補助線:塾講師が『世界の歴史 7〜12世紀のイスラム世界』を勧める本当の理由

塾講師として多くの生徒や保護者と接していると、日本の教育課程における「ある巨大な欠落」に危機感を覚えることがあります。それは、イスラム世界に対する圧倒的な知識不足です。

現在、世界人口の約2割強、およそ20億人がムスリム(イスラム教徒)であると言われています。しかし、日本の学校教育(特に歴史や社会)において、イスラム世界が正面から扱われる時間は驚くほど限定的です。

この知的空白を埋め、複雑な現代社会に一本の「補助線」を引くためのてこ(レバレッジ)として、私は『小学館版学習まんが 世界の歴史 新装版別巻1:7〜12世紀のイスラム世界』を強く推薦します。


ステレオタイプからの脱却:石油、砂漠、ラクダを超えて

多くの日本人が抱くイスラムのイメージは、「石油」「砂漠」「ラクダ」、あるいは「紛争」といった断片的なステレオタイプに支配されています。しかし、本書を開けば、それがどれほど偏った視点であるかに気づかされるでしょう。

本書を教養の土台として推奨する理由は、以下の「プレイヤーの描き分け」にあります。

  • アラブ人(主にスンナ派): イスラムの起点であり、宗教的情熱を運んだ人々。
  • イラン人(シーア派): 洗練されたペルシア文化を保持し、独自の教義を発展させた人々。
  • トルコ人(主にスンナ派): 強大な軍事力でオスマン帝国を築き、地中海世界を席巻した人々。

これらの主要なプレイヤーたちが、時には対立し、時には融合しながら文明を築いていく姿は、現代の地政学を理解する上での必須知識です。また、「アミール」「スルタン」「カリフ」といった、一見とっつきにくい呼称の使い分けも、物語の中で自然に整理されていきます。

教材としての完成度と、塾講師が見る「ハードル」

本書の構成には、学習者のための細やかな工夫が凝らされています。 特筆すべきは、全ての漢字に振られたルビと、注釈(*)によって示される人物の相関関係です。歴史に馴染みのない子が陥りがちな「誰が誰だかわからない」という混乱を、編集サイドが総力で食い止めようとしている姿勢には敬服します。

あえて「惜しい点」を挙げるなら、7世紀から12世紀という激動の数百年間を160ページに凝縮しているため、個々の人物描写や逸話がどうしても薄くなってしまう点です。

例えば、十字軍から聖地エルサレムを奪還した英雄サラディン(アイユーブ朝)。彼の騎士道精神や魅力的なエピソードは、本作の分量では語り尽くせているとは言えません。もし本書を読んで彼に興味を抱いたなら、佐藤次高氏の名著『イスラームの「英雄」サラディン』を併読することをお勧めします。この「深掘り」こそが、教養を血肉にするプロセスです。


「知らない世界」の存在を知ることが、世界人への入口

国際関係を学ぶ上で最も重要なのは、知識の量ではありません。「自分の全く知らない価値観で動いている国々が、この世界には厳然と存在する」という事実に気づくことです。

私たちは教科書を通じて、西洋世界やロシア世界、あるいはラテンアメリカの歴史を断片的に学びます。しかし、「彼らの側から世界はどう見えているのか」という視点を獲得するのは容易ではありません。

本書が引く「イスラム世界」という補助線は、あなたの思考にレバレッジを効かせ、複雑怪奇に見える国際ニュースを鮮やかに解読する力を与えてくれます。

その補助線を手にしたとき、きみは単なる「物知り」ではなく、多極化する世界を自らの足で歩む世界人(コスモポリタン)の入口に立っているはずです。

小学館版学習まんが 世界の歴史 新装版別巻1 7~12世紀のイスラーム世界 ~宗教共同体から帝国へ

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